裏剣岳テント縦走
期間   1997.7.23〜7.29
 
 bR5


1日目:室堂〜雷鳥沢〜別山乗越〜剣沢テント場(泊)
2日目:剣沢テント場〜剣山荘〜剣岳を往復
3日目:剣沢テント場〜剣沢〜真砂沢〜二股〜仙人新道〜仙人池ヒュッテ(泊) 
4日目:仙人池ヒュッテ〜池の平往復〜仙人温泉〜阿曽原温泉(泊)

5日目:阿曽原温泉〜水平道〜欅平〜宇奈月温泉(泊)

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 出発は室堂から。水を詰め、荷は20s位になった。これは私の山暦で一番重たいものであり、ずしりと肩に、腰に、足にのしかかる。メンバーの中には、後ろから見るとザックで頭が隠れてしまう人もいる。毎夏、北アルプスで大きな荷を背負った学生達の重い足取りと、汗だくの真っ赤な顔を見かけるが、あれと同じ事を中高年が地で行っている。初日は夜行バスの疲れを考慮して、新室堂乗越から別山乗越、剱沢までのショートコースであったのが何よりの救いであった。早々にベースキャンプを設営し剱の懐の中でのんびりする。

 室堂乗越  別山乗越
剣沢テント場   剣沢テント場
剣沢テント場 剣沢テント場

2日目、いよいよ剱岳へのアタックだ。荷は水と行動食なので軽い。出発してまもなく日の出を迎え、思い思いにシャッターを切ったり、朝陽に見入ったりした。雪渓を渡り、一服剱を越えると前剱が覆いかぶさるように迫ってくる。見上げると身震いがした。この屏風のような岩の塊を越えられるだろうか?心拍数が急に増えだす。目を凝らして岩肌を見れば赤や黄や青などのカラフルなウエァーが点々と屏風の上まで動いている。果たして、一歩ずつ進んでいくとちゃんとルートは刻まれていた。
 やがて剱岳登りの難所と言われているカニの縦バイにたどり着く。順番に一人づつ登っていく。躊躇している訳にはいかない。鎖はピカピカのボルトは太くてしっかりしたものが打ち込まれている。その鎖を両手でしっかり握りしめ、一歩踏み出す。もう目の前の鎖と岩肌しか見えない。三点確保だ!と言い聞かせ、目尻から頬のあたりで感じるいつもの高度(登りの恐怖)と闘いながらやっとのことでこの垂直壁を登りきる。緊張で手が震えていた。頂上で記念撮影をして、一人ひとりが自分流にこの登頂を楽しむ。天気にも恵まれ、この頂上におしよせてくるような八ツ峰の岩の波みをはじめ、360°の山並みが見渡せる幸せなひと時だ。

 帰路はカニの横バイで渋滞気味になる。垂直気味の岩壁に向かい合い、鎖をしっかり握って右足を下ろしていくが、足元が見えないのにどの方向にどこまで下ろせばいいのか分からない。もうちょっと下!と声を掛けてもらってやっと届いた。左足を下ろして、左側にトラバース。これがヨコバイだ。前剱を登り返し、剣山荘の前まで戻ったところで、ランチとする。緊張から開放され乾杯のビールは格別な味がした。3日目からの肉体的疲労が待っているとも知らず、しばし達成感に浸る。

 前剣岩場 平蔵コルへ 
剣岳山頂にて 剣岳山頂から立山方面
カニのヨコバイ(下山) 剣沢テント場への雪渓トラバース

3日目は剣沢雪渓を下り、真砂沢〜二股〜池の平に向かう予定。曇っている。台風の進路が気になるが、テントをたたみ再び重装備で歩き出す。剣沢はすごい量の残雪だ。アイゼンを付け雪渓を延々と下る。途中、左側に平蔵谷、長次郎谷が覗く。切り立った源次郎尾根と雪渓で埋まった谷のコントラストが幽玄だ。だいぶ下ってから小さなクレバスが現れ始める。雪渓が崩れる場所に近づいたらしい。勢いよく下って行く剣沢の水流が大きな音を立てている。アイゼンを外し岩の間をたどって河原を下ると石垣に囲まれた真砂沢ロッジに着く。風が強く、3張ほどのテントがバタついている。一息入れるが気分は重い。ロッジからは、潅木の中を進んで行く。雪渓を横切り、岩にしがみついたり、木ゃロープを伝って行ったり、水際からの崖の上といった感じでアップダウンが始まる。こういうのを「へつりと高巻き」というのだろうか?。河原歩きとなって二股にたどり着いた時には、心身ともにくたびれ果てていた。
 二股は展望が開けていて、北股にかかる吊り橋の奥に三ノ窓と八ツ峰を仰ぐことが出来る。昼食をとるのにはちょうどいい河原だ。台風が近づいていたので、コースの見直しをする。予定の北股コースは熟練者向けとか荒廃しているとかの情報があり、やめることにする。ルートは仙人池ヒュッテに泊まることとなった。台風にテントじゃ危険だが、小屋泊まりとなったので少し元気がたでた。あと3時間ほど登るエネルギーを供給しなければ・・・・・・・・と喉も通らなかった昼食をやっとの思いで飲み込む。仙人峠までは樹林の中を登る。きつかったが、途中で尾根に出ると、左側には日本景色とは思えないような展望が広がり、感嘆の声が上がる。三ノ窓、チンネ、小窓の王、八ツ峰などの岩峰群と雪渓がかもし出すハーモニー、ここまで来ないと見ることができない風景だ。何度も立ち止まって眺めてしまう。
 仙人ヒュッテでは熊笹茶で温かく迎えられお風呂に入れたことに感謝する。台風の影響もあってか宿泊客は写真を撮りに来た常連さんしかいなかったので、私達8人の宿泊に「テントの人が小屋に泊まってくれて儲けさせてもらいましたぁ」というおばちゃんの冗談めいた言葉がなぜか素直に伝わってくる。夕食は自炊だったが、お味噌汁の残りだけど食べてとおばちゃんが鍋ごと持ってきてくれたことや、雨が吹っかけるから布団は窓から離したほうがいいよとか、心配りがうれしかった。台風による暴風雨は夜のうちに通り過ぎていった。

二股に向かう 二股にて
 二股にて 仙人池より 
仙人池より 平の池より

4日目は仙人温泉を経て阿曽原温泉へ向かう予定だが、阿曽原までは3時間半位いだからというおばちゃんの言葉に促されて、昨夜テントを張る予定だった池の平へ散歩することになった。往復1時間の道のり、カメラを持って出かける。剱の岩峰群、平の池、可憐な花、そして青空、こんな贅沢気分は最高!(ちょっと風は強かったが・・・
・・)ヒュッテに戻り、仙人池と八ツ峰をバックに記念撮影をする。ここは池に映る朝焼けの八ツ峰が絶景だそうで、カメラマンが良く集まるとのこと。秋の紅葉時もいいですよ。とおばちゃんは言うが私はその紅葉に染まった景色を見に来ることはないだろうなと心の中で呟く。(こんなつらい山行は二度としたくないもの・・・・・)お礼を言ってヒュッテを後にする。雪渓が残る谷筋を下っていくが、ここでもまた、「へつりと高巻き」が登場する。うんざりするが乗り越えなければ阿曽原へは着かない・途中地図を広げてルートの確認する。雪渓が消え、沢が流れ、岩に付けられたペンキ印を拾いながら行く。単独行で他のパーティーもなく、ペンキ印を見落としたらパニックになってしまうだろうな、と思うと身が引き締まる。

 やがて仙人温泉に到着する。台風一過の晴天で喉はカラカラ、冷たい水で顔を洗ったり、喉を潤したりして昼食とする。小屋の前の露天風呂に入りたいなぁ、と水面の反射光を恨めし気に眺める。 昼食後はロープや梯子のある斜面をどんどん下る。1本のロープが長いので横に振られないよう慎重に降りる。ロープの端まで降りたら次の人にOKの声を掛ける。これでもかこれでもかとロープは続く。急斜面では足元の土が削られていてロープを握る手や腕にも力が入る。この辺りは何年か前の台風でルートが寸断され、新ルートの高巻きにロープが張られたという。 
 ヘトヘトで阿曽原温泉にたどり着く。小屋でビールとジュースを調達し、さっそく乾杯だ。水分が吸い込まれるように体内に広がって行く。座り込んで、いま歩いてきたルートを振り返り感想を言い合ったりする。顔は少々わらっているが、首から下は脱力感だ。最後のテント泊となる場所を阿曽原谷の豪快な滝が見える所に決め、夕食の準備や風呂を交代で行う。小屋の横から谷(黒部川)に向かって5分ほど下ると、プールのように大きい長方形の露天風呂に出る。男性と女性は時間で交代となっていて、このプールに一人で入る贅沢さと心細さが妙に入り混じる。汗をすっかり流し去り、頑張ってくれた足のマッサージなんかしながら、♪いい湯だなぁ・・・・・・♪と。

平ノ池前   平ノ池前
仙人池に映る剣岳 池の平より平ノ池
仙人温泉  阿曽原温泉テント場

5日目は黒部水平道を欅平まで歩き、黒部峡谷鉄道(トロッコ電車)で宇奈月温泉へ向かう予定。朝方の雨が少し残っていて雨具をつけて出発する。
 阿曽原谷に掛かる橋を渡り、水平歩道へ上がる道は台風の爪痕が残り大高巻きとなる。30分も経たないうちに汗だくとなり雨具を外す。雨も上がり。右下の黒部峡谷を見下ろしながら岩壁の横腹に半トンネル式に切り込まれた幅1mにも満たない水平歩道を行く。鋭い岩壁や雪解けの沢筋とは違った緊張感が続く。 尾根と谷を大きく回り込みながら水平に進んで行く。折尾谷手前の沢(名前は分からない)に掛かる落差100m以上の滝の下で休憩するが、この時ダンナが蜂に太ももを刺される。スズメバチではなさそうなので安心する。
 折尾谷と志合谷のトンネルも2回くぐる。志合谷のトンネルでは、真っ暗なのでヘッドランプを灯して入っていくがトンネルは途中で屈曲しており長さ150mもある。地下水が盛んに流れ冷気が漂い不気味だ。
 歩くだけでこんなに大変なのに、この歩道を切り刻んだ労力には計り知れないパワーを感じる。スッパリと切れ落ちた足元は怖いので、前だけを見て黙々と歩く。途中、対岸に奥鐘山の大障壁が迫力を増して近づいてくる。(凄い・・・・・)長い縦走もやっとのことで終わりに近づく。小雨が落ちてきてゴールを急いだため、シジミ坂のゆるい下りでバランスを崩し横転する。(この山行で始めての転倒だ。)疲労困バイの足は、もう踏ん張りがきかない。2グループに別れてしまったが、皆無事に欅平に到着する。
 汗と雨に濡れたシャツが冷たかったが、トロッコ電車に乗り街に戻ってきた。宇奈月温泉では山の疲れを熱い湯に流し、布団でゆっくり眠る。
 疲労が腫れぼったい目になって現れた。足のあちこちに打撲の跡も・・・・これは欲張りの縦走を成し遂げた勲章かとも思える。
 記念の写真ゃビデオはつらかった事も、楽しかった事も、充実感も、厳しくも美しかった風景も、色々な記憶を呼び戻してくれる。きっと一生の宝物になるに違いない。

水平道を行く 宇奈月温泉駅(帰路)



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