朝日連峰縦走
期間   2000.6.23〜6.28
 
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   朝日連峰縦走にこの季節を選んだのは、やっぱり花が咲きそろうから。『関東地方が梅雨に入った6月頃、裏日本型気候域の朝日連峰は天候も比較的安定している』という情報に期待して、4泊5日の花の山旅に出発する。

【前夜】午後11時、都会は眠らない。池袋西口はストリートダンスの練習や路上ライブの若者たちがエネルギーを発散している。薄暗いバスターミナルに渋谷発鶴岡・酒田行きの高速バスがやってくる。
ザックをバスに積み込もうとしてかつぎ上げると、ン?妙な気配がして振り返ると和子さんがザックの上にひっくり返っている。山中3泊は避難小屋利用の重装備、大丈夫か?


【1日目】バスは3列のリクライニングシートでゆったりしていて、どうやらちゃんと眠れたらしい。
鶴岡駅前そば屋の開店を待って朝の腹ごしらえをし、タクシーに乗り込む。明るい曇り空の下で田んぼの緑がとてもすがすがしい。里山の裾野は深い色合いの針葉樹林で覆われているが、光のマジックで一本一本が飛び出す絵本のように三角形をきれいに浮き上がらせている。こんな風景に見とれていると、朝日屋旅館前で車が停まる。運転手さんに促され、登山計画書を提出する。
だんだん道幅が狭くなってきたところで、昨年がけ崩れがあって道が塞がれ、入山者はここから歩かなければならなかったという話を聞く。現在は川原の中に盛り土をして車がやっと1台通れるような道をつなぎ合わせており、今年で良かったと思う。


 やがて、車は泡滝ダムへ到着し、縦走のスタートとなる。沢の音を聞きながら気持ちの良いブナ林へ入って行く。冷水沢、七ツ滝沢にかかるつり橋を渡り、さらに渓谷沿いの平坦な道を進む。ブナが蓄えた水はところどころしみ出して、枝沢を形成し、登山者にもおいしい水をふるまってくれる。
途中、子供ひとりを含む5人のパーティと前後して歩いていたが、彼らが前になっているとき立ち止まってというより固まって動かなくなる。親指と人差し指で8cmくらいという合図を小さく送ってくれるが、意味がわからず私たちも立ち止まる。やがて、1匹のスズメ蜂?が羽音たてながら彼らの周りを飛んでいるのがわかる。大きい。敵はこちらへもやってきて偵察して去って行った。止めていた息をそっとゆるめて静かにその場を離れる。
やがて、七ツ滝コースを左手に見てそのまま直進すると、道はジグザグの急登となる。1日目のキツイ個所はここだけで、細かい虫達の歓迎にも会い4時間近くかかって大鳥小屋に到着する。

泡滝ダム登山口 大鳥小屋(タキタロウ山荘)

 大鳥池はブナ林に包まれ、残雪の以東岳を美しく映し出している。まぼろしの魚タキタロウが棲むといわれ、イワナやヒメマスが釣れるそうだ。小屋の玄関口にも「タキタロウ山荘」と大きな看板が掲げられている。天気良し、眺め良しで小屋前のベンチでランチ〜昼寝〜夕食までをゆっくり過ごす。日曜日のせいか宿泊者も私たちの他に2パーティと少なく、2階は独占状態となる。

【2日目】雨が降っている。出発前に管理人さんから情報を得ると、雨は台風くずれの低気圧が影響しているらしい。「稜線上は風が強く引き返してくる人もいるけど、今日の雨なら狐穴小屋までの無理のない行程なので大丈夫でしょう。」と後押ししてくれる。

 意を決して雨の中へ。取水口を渡り、湖畔から左側のオツボ峰コースを辿る。ほどなくブナ林の急坂を登るようになり、ペースを整えながら行く。登り切ると雨は小康状態で、意外に展望があり眼下になった山々を見渡す。大鳥池を囲む山の上に真綿をスーッと広げたようなガスがかかって、神秘的に見える。カメラを出す間にもガスの形は変わってしまいシャッターチャンスを逃す。雨は再びポツリポツリと落ちてきて、先を急ぐ。
オツポ峰より大鳥池 オツポ峰より大鳥池

 オツボ峰は『高原状の広大なお花畑』らしいが、道沿いにピンクのヒメサユリをチラホラ見かける以外は雨でほとんど見えない。見ごろはもう少しあとなのだろう。
岩のあるピークでザックを背負ったままの小休憩を取ると、下段に座っているだんなのザックカバー(底)がめくれている。直してあげるつもりで座ったままの姿勢から腰を浮かし手を伸ばしたら、ザックの重心が頭を直撃する。(いつもより大きなザックだということを完全に忘れている…)堪えきれず前のめりに一回転して、左肩を強打。激痛にすぐには起きあがれないでいると、和子さんは頭を打ったのかと心配してくれる。頭は大丈夫!全身を動かしてみると打撲は肩だけで済んだが、前転しないようにと妙にふんばったので右股関節をひねったみたいだ。気を取り直してサッサと以東岳へ向かう。


 稜線に出ると風雨も強くなり以東岳山頂でも何も見えない。『以東岳山頂はすばらしい展望で、存分に満喫したい』ところなのだそう。クソォー。11時でおなかも空いてくるが、以東小屋はコースから少し外れているので寄らずに先へ進む。

 さえぎるものが何もない稜線上は、西(右側)からの風雨が激しく台風そのもののようだ。時々立ち止まってはストックにも力を分配し4点でふんばる。ほとんど下を向いているので前を歩く和子さんの足元がよく見える。風にあおられ時々左側にヨロヨロと行ってしまうのでザックを引っ張って止める。だんなのザックカバーが強風で3回も吹き飛ばされる。(いずれも回収できたが。)管理人さんとの会話がなければ、縦走をやめて引き返したかもしれない。

 突然ガスが薄くなり、雪渓越しに狐穴小屋が現れる。なぁんだ、近くまで来ていたのかと拍子抜けの感じだがやっぱり嬉しい。(定男は冷静に、大きな雪渓が現れ時間的にも小屋が近いと感じていたらしいが。)ザックを降ろし、だんながすぐ水の確保に走る。水の引き込み口からのパイプは雪渓に埋まって途中で外れているらしく、小屋前の蛇口をひねっても水が出ない。まもなく雪渓を渡った先に水場を見つけひと安心。和子さんも続く。

 濡れた衣服を着替え、ザックの中身も全部出し広げて乾かす。雨はザックの内部までしみ込んでいたが、スタッフバッグに守られシュラフも替えの衣服も無事だった。
「食べず、休まず6時間!」の2日目は貸切の小屋でのんびりと午後を過ごす。遅いランチと早い夕食の間に、地図をじっくり見ていた和子さんは「この主稜線とってもいいところなので絶対リベンジする!」と、雨にもへこまず元気だ。しめくくりは、シュラフにもぐってから、ガイドブックの花図鑑を開き足元でけなげに咲いていた花の名前を確認しあう。


白色系の花…ハクサンイチゲ、チングルマ、オノエラン、マイヅルソウ、アオノツガザクラ、ゴゼンタチバナ
黄色系の花…ミヤマキンポウゲ
赤色系の花…ヨツバシオガマ、イワカガミ、ハクサンチドリ、ショウジョウバカマ、ヒメサユリ、アカモノ
紫色系の花…シラネアオイ

【3日目】持ってきたラジオは電池が切れて、天気予報を聞けないが、今日も雨。『狐穴小屋周辺は広大な草原とのびやかに広がる以東岳の景観がマッチして、牧歌的な美しさに満ちあふれている』と紹介されているが、やはり見えない。止みそうもない雨に、1時間20分遅て出発する。

 昨日と同じに風雨が激しい。ふんばっているので気が付くと下あごに力が入りアントニオ猪木の顔真似をしているようだ。おかしくなって直すがすぐ猪木顔になってしまう。
寒江山付近でヒナウスユキソウの群落をガス越し見る。登山道からなだらかに広がって草原いっぱいに咲いていると思われる。綿毛をまとった細い茎が風に揺れ、可憐さが漂う。

寒江山頂 寒江山のヒナウスユキソウ

 登山道脇の竜門小屋に立ち寄り休憩をする。小屋の中を見渡すと、古新聞がきれいに重ねられているのを発見する。置いて行ったくれた登山者に感謝して靴の乾燥にと少々いただいて行く。

 どのあたりだったか、コバイケソウが1本だけ道の真中にスックと立っていた。仲間は道を外れた斜面にたくさん咲いているのに。わんぱく坊主が両手を広げて通せんぼしているようにも見え、ほほえましくなる。通る人が少ないという証なのか…。
また、ポツンと咲いているシラネアオイを何度か見かける。ガスの中で青みがかった薄紫色の花がとてもすがすがしく、雨具のうっとうしさをほんの少し忘れさせてくれる。


 稜線の東側は残雪が多く所々で夏道を塞いでいる。私はその上部を慎重に渡ることだけ考えていたが、だんなはどの方向が夏道の続きなのかをちゃんと見ており注意してくれる。ルートハンティングは重要だ。

 金玉水分岐にたどり着く。大朝日小屋の水場だ。水の出ているところを探すが、残雪が多すぎて広すぎて、どこがそうなのかぜんぜんわからない。どうしよう?と悩むがとりあえず小屋へ向かう。到着後、明日宿泊予定の朝日鉱泉へ電話して水情報を尋ねる。銀玉水は残雪に覆われまだ水が出ていないらしい。そうなると近い方の金玉水へ行くしかない。
コッヘルと水筒とビニール袋を持って、幅の広いゴロゴロ道を再び下る。登山道を伝ってきた水はにごっているし、「雪を溶かすしかないね。」ということで表面の汚れた部分を掻き分け、きれいな雪をコッヘルにビニール袋に詰める。小屋に戻って少しずつ溶かし水を作る。折りたためるビニールのタンクに3リットルほどためて終了。


 気が付くと雨は上がっていた。陽射しも出て靴を干す。ザックの中身を取り出しザックをテープシュリンゲにくくりつけ、2階の窓から吊るす。風にあおられまるで鯉のぼりのようだ。もちろん小屋貸切だからこそ自由に振舞えるのだが。
「見えるよ。」とだんなに言われ窓に寄ると、中岳の東側をまいている道が金玉水分岐まで下り、緩やかに上り返してこの小屋まで続いているのが見える。
夕方一瞬の晴れ間(大朝日小屋前)

「わぁー、こんな景色の中を歩いて来たんだ。」と歓声が上がる。月山も見える。明日下る小朝日岳方面へ視線を移し、その先を追って行くと朝日鉱泉の屋根が小さく光って見える。とりあえず記念写真を撮っておく。いただいた新聞紙を靴に詰め、明日は晴れだと信じ込む。


【4日目】目が覚めるとまた雨と風だ。何で??…残念だが大朝日岳のピークは踏まず、下山することに決める。準備も整い小屋の外へ出ると雨が止んでいる。依然として大朝日岳はガスの中だが、雨が降っていないというだけで荷も心も軽くなる。
縦走最終日、小朝日岳へ向かって下山を開始する。銀玉水までの急な斜面にはかなりの量の残雪があり、慎重に下る。連峰随一の冷泉といわれる銀玉水に立ち寄ると水は…出ていた。のどを潤し、ペットボトルにも詰める。


 やがて道は平坦になり、ヒメサユリの出迎えにカメラを取り出す余裕も出て、パチリ、パチリ。視線を自分の周りから少し遠くに向けると、ちょうどガスが切れかかって尾根や谷が幻想的に姿を現そうとしている。2日間ともずっと展望のない中を歩いてきたので、この光景にしばらく見入ってしまう。
ヒメサユリ(小朝日に向かう縦走路) ヒメサユリ(小朝日に向かう縦走路)

 小朝日岳を過ぎて、残雪の広がる急斜面をだんながキックステップで下る。その後の和子さんは怖いと言って下らずに、前方の笹薮方面へトラバースを始める。
「滑った!」と叫んで体はズルズルと下方へ、ちょうどだんなが立ち止まったあたりへ流れて行く。ぶつかった弾みで二人とも滑り出したらどうしようと一瞬青ざめるが、受け止める形で止まった。和子さん本人はスピードも出て長い距離を滑り落ちたと感じただろうが、この光景を後ろから見ていた私の目には、滑り出しのスロースピードで5〜6mくらいというふうに映る。加速度がつかなくて本当に良かった。


 鳥原山の展望台で小朝日岳を振り返り、和子さんが滑った残雪地帯を確認する。やはり急斜面だ。やがて道は鳥原湿原の木道歩きとなるが雨が強くなって鳥原小屋で雨宿りをする。行動食で昼食を簡単に済ませ、30分程たっても止まない雨に、再び歩き出す。
後ろは小朝日山

 雨は断続的に降り疲労も蓄積するが、ブナ林の緑にも励まされ高度を下げて行く。沢の音が次第に大きくなり、不安がチラホラ付きまとう。やがて、登山道を横切る沢にぶち当たる。増水しており、濁った流れは勢いをつけている。ここを越えなければ今日の宿にはたどり着けない。戻る?まさか!と頭の中は半パニック状態の私と、渡れる場所を探し始めるもう一人の冷静な自分がいる。
流れを少し遡ったところに渡れそうな地点を見つける。テープシュリンゲを胴に巻きつけ、大きな岩をつたい、無事対岸へたどり着く。水かさはひざ上くらいまで達していて(水恐怖症の私にはお尻の下くらいに思えるほど)たいへん怖かった。ほっと胸をなでおろし、靴に入った水を捨て、靴下を絞って履き直す。


 クチャクチャと音を立てながら歩くこと2時間、朝日鉱泉前のつり橋を目の前にし、しっかりできていることに安心する。とりわけ普通に渡れるのが嬉しい。やっと今日の宿にたどり着く。玄関先で濡れた用具等をゆっくりと片付け、最後に白くふやけてしわしわの足を洗い流す。
縦走を終了したこと、お風呂に入れること、布団で眠れること、お酒もお茶も充分に飲めること、靴の乾燥に古新聞を充分いただけること…下山後っていろいろに感謝するなぁ…
朝日鉱泉ナチュラリストの家は緑に囲まれた古民家風の(和であり、洋でもあるようなゆったりした空間を持つ)建物で、ヨレヨレでたどり着いた登山者をやさしく包んでくれるような居心地の良さがあった。宿泊者はここでも私たちの他には常連客1名だけだったので、なおさらそう感じたのかもしれない。


 オーナーによると私たちは今シーズンの縦走者第1号らしい。海の日の3連休も、お盆の時も、紅葉の10月も、休みの日には避難小屋や朝日鉱泉は超満員となるそうだ。そういう日はなるべく避けたいと思うし、貴重な休暇をどのあたりに充てればいい山旅ができるかと思い、「朝日連峰のおすすめ時期はいつですか?」と尋ねると「今」という答えが返ってきた。
ホッとしてうれしさが心に広がった。

朝日鉱泉にて

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